興味津々浦々

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id:i-Agでやってたのが気になってついついやってしまった…

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そういう輩にはニューヨーカーを添えてヴーヴ・クリコでも出せばいい。
総合得点 43点

テロリストが欲しているのはまさしく絶望少女達なのだ。オオツキケンヂ ト ゼツボウショウジョタチもそうだ。紳士淑女は刮目してゲームセンターCXを見よ。ゲームセンターCXが欲しいなどというのは、要するに、田舎っぺなのだ。カンパニーの魅力は、ピノ・ノワールに似ている。笑顔を表現するのに「w」の記号を使うのは日本人だけだが、実に頂けない趣味だ。どういうことなのか。私にも良く解らない。けれどもゲームセンターCXには解っている。少なくともパリジェンヌはあって欲しい。むしろ「パリジェンヌ」大会などと称して、それをたたえるのはどうだろうか。石ころを磨いてダイヤに仕立てるデビアスですらパリジェンヌに値段を付けて売るのは難しいのではないか。まこと残念なことは、レディにアーティスト名を与える幸福は、ほんの一握りの幸運な男性にしか与えられないということだ。これを口惜しいと感じても、どうにもならない。そういうものなのだ。たとえ絶望少女達だろうと。この社会における空想ルンバの果たす役割は実に大きい。、なにがアーティストを決定的なものにしたのか。

本論としては、結局のところカンパニーがニューヨーカーを駆逐する、ということだ。マホガニー柄の興味津々浦々。上質の証だ。どう見ても----- 白銀は高分子チックではない。神は地上にブログ評論と使用時間42分をもたらした。凡夫の想像を遙かに超越したところに、空想ルンバはある。絶望少女達に保険引受人的側面はないだろうか?

失敗は誰しも犯す。しかし、重要なのはそれを自らただし、オオツキケンヂ ト ゼツボウショウジョタチを差し出すという事だ。かけがいのないものはひとつのアーティスト。けれども人はかけがいのない大槻ケンヂをもっと沢山喪っている。パリ5区の静かな住宅街にひっそりとブログ評論がある。洗練された10話限定は時にカンパニーをも上回ることがある。匿名文化と「絶望少女達文化」の類似性をそこに見いだす事も可能だ。もう絶望少女達の魅力から逃げられない。

どうだろう。パリジェンヌもそうだ。

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カオスだなーw特に最後の一文が面白かったな。